第11号(2014年上半期号)



「小野林モノ子の一日」

小林冴子(画家)


 モノ子の朝は早い。
 朝3時に起床、カッコウの鳴き声を聞きながらベランダで一服。おもむろに筆洗に水を入れ、透明水彩でドローイングをたしなめる。
 1、2枚、イラストに近い絵が描けた。
 そして両親が作ってくれた朝食を食べ、免許をとってから10年ほど経ってようやく慣れた車の運転で職場へ向かう。
 モノ子の職場は車で10分の佐久市内にあるシャボンイレボンという有名チェーンコンビニエンスストアだ。
 そこで3時間ほど働く。
 6時出勤9時退社。
 モノ子は若手芸術家だ。朝早く仕事をすると、その後の時間を長く自分の制作活動に使えるので、その理由で朝のバイトをし始めた。最初は朝起きるのが辛かったが、2ヶ月も過ぎるとまだ31歳という若さからか、慣れた。
 しかし佐久には朝だけに限らず仕事の種類と数が少ない。
 モノ子は都会が苦手だが、都会に住んでいたらもっと違うアルバイトをして、多少時給も良かったのかもしれないな、と思う。モノ子は地方のあまり目立たない知名度も低い美大を卒業している。一応大卒であるが、職業選択の自由は、結局、自分が生きる土地を選択し、その中でどう楽しく生きていくか、ないし、生活していくか、そんなものだと捉えている。
 佐久市はそういう面では若者に優しくはないのかもしれない。実家から通えた美大生が羨ましく思ったことがある。佐久市に美大があったらどうなんだろう、と思うが、4年実家を離れて暮らしたことは、親のありがたみや郷愁を得られてかえって良かったと今は実感する。
 3時間の勤務を終え帰宅する。少し休んで諸事を済ませる。今モノ子は大手の全国公募のコンクールに出品しようと試みている。大学卒業後に何回か四方八方に出してはいるが、最初は何度も落選、落選、落選で、落ち込んでいたが、めげずに今もチャレンジしている。電話が鳴る、江田さんという地元の先輩芸術家さんだ。中央の公募展に出さないか、というお誘いの電話だ。どうしよう。何回か出したことはある。落選した。正直モノ子にとって●●会の公募展というのは魅力がなくなってきていた。落ちたこともそうだが、なんというか、可能性を感じないのだ。モノ子は断るのが苦手で、江田さんの電話をYESでもNOでもなくうだうだと聞いていた。前述した通りそのような公募展とは別にコンクールには出そうとしている。何故コンクールに出すか、入賞して賞金をもらうためだ。賞がもらえたら経歴に書けるし、賞金をもらえれば次の制作に確実に向かえる。気持ち的にも金銭的にも。
 全国から仲間意識などないアーティストが点々と一つのコンクールのために制作し、それが一同に集まり、評価が下り、賞がつき、展示される。この辺の道筋がシンプルならシンプルなほど、魅力があるな、とモノ子は考える。
 電話を切り、インターネットをする。SNSで近況を書いたりつぶやいて書いたりする。
 主に宣伝の意図や連絡手段に使っている前提だったが、普段直にコミュニケーションをとるのが苦手なモノ子はインターネットはとても重宝し楽しく、一時期依存気味にもなっていた程だ。しかし画材を揃えたり、連絡をとったりするには本当に便利で、時間がないときには本当にそれを痛感する。要はとらえ方と使いようでだいぶ変わってくるものだ。
 31になってやっとそれも習得出来たことだが、実際出来ているかどうかは分からない。
 モノ子の両親は大きな病気もなく健在、兄弟もいるがあまり話さない。しかしこちらも健在である。
 お昼を済ませ、午後はさて、制作である。モノ子の描く絵は油絵で具象だ。佐久で具象の絵は、割とオーディエンスの受けがよい。大学在学時は具象でなく抽象に向かって描いていたが、佐久に帰ってからスランプに陥ると、両親に「花でも描けば」と言われた通りに花を描いていたら、自分の感じたことや考えを上手く形にすることよりも、見ているものそのものが美しい、それを感じられる自分がすばらしい、と思うようになり、具象を描いている。しかもその具象にしようとある日決心したわけでなく、自然に選んできた流れだ。その課程もとてもシンプルで気に入っている。これは後で気付いたことばかりだが。もしかしたら佐久の気候や美しさが自分を具象へ導いてくれたのかもしれないが、この関係性は言葉では表せないとっても熱い何かだ。
 描いてるときはそんなこと考えず、「絵にしよう」という一心で描いている。夕刻が迫る、ああ、描いたんだな、と思う。鳥が飛び交い、緑がきらめく、野良猫が鳴く、17時のチャイム、交通量が増える、小さい子供の笑い声、夕日が、落ちていく。
 ああ、今日は2枚油絵が描けた!今日も酒が美味い。夏はビール、冬は赤ワインで乾杯だ。夕飯は父特製のペンネアラビアータ。美味しい。
 寝るのは20時から21時。明日もバイトだ。
 モノ子には恋人と呼べる人がいない。佐久で絵を描くことは出来ているが、いまいち恋愛面では屈折し鬱屈した感情を持っている。残念なことだ。毎日必死で生活しているが、そんなことは当たり前なんだろうか、みんな、何でそんな関係を持てるのであろうか、何かを得たはずなんだろうけど、もしかしたら何も得られていないのではなかろうか。
 そんなことを考えても仕方ない、と振り切り好きな音楽を聴きながら寝る。
 モノ子の夜も早い。
 明日も、晴れますように、と佐久の空へ想う。そんなモノ子の一日。









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