第18号(2017年下半期号、最終号)



活況を呈する絵画、寂しい非伝統的ジャンル

たかはしびわ(画家)


 思うところあり今号が最終号となります。今まで依頼に応えて執筆して下さった皆様、お付き合い下さった読者の皆様、ありがとうございました。
 最後ですので、僭越ながら私めが。2017年7月〜12月で見に行くことが出来た展覧会中印象に残ったものを箇条書き風に。作家名等敬称略。

 アトリエ・ブランカ軽井沢、「パリの異邦人」。フジタのドローイングをいくつも見れたのがうれしい。デュフィの水彩も。

 軽井沢の酢重ギャラリーでは大原舞(絵画、立体など)、更級真理子(版画、立体など)、それぞれの個展においてパワーあふれる作品に圧倒された。
 同じく酢重ギャラリー、島州一。シャツをトレースして実物大に描くシリーズ。トレースという技法に着目した時点で勝ったも同然(?)か。
 前田利昌(油彩、水彩)。フランス仕込みの構築的な画面構成と調和した色彩で描かれた静物、人物、風景。圧巻の作品は見る者を納得させる。
 黒木周(木版画)。シンプルな形、繊細な色彩とテクスチャーで魅せる。

 軽井沢ARTBOXでのマリーニ・モンティーニ。おしゃれでかわいいイラスト、絵本、グッズ。

 軽井沢ニューアートミュージアム、「アートはサイエンス」。二期に分けて、インタラクティブな作品や、動く水墨画的作品、廃棄されたテレビを使った音楽作品、自動描画機械や自動描画プログラムなど、国内外のテクノロジーを生かしたアートが堪能できる大変見応えのある素晴らしい展覧会。

 同ミュージアムショップ内「チャレンジウォール」、ナカムラジン。コラージュ的リミックス仏画からは日本美術愛が溢れる。クオリティを追求した丁寧な仕事ぶりは作風は異なるが昨今の写実絵画と通じる。

 同ミュージアム内ホワイトストーンギャラリー、小林エリカ。ドローイングを施された写真、及び鉛筆によるドローイング。写真は放射能に関連のあるものという。絵具による直線やノイズが放射線を思わせる。鉛筆ドローイングは不機嫌な顔の少女。鏡を使った表現も良かった。

 セゾン現代美術館、「美藝礼讃ー現代美術も古美術も」。収蔵作品展。素晴らしい収蔵作品で、毎年楽しんでいる。上村松園の御簾の絵の手前に御簾を思わせるヴェールをかけるなど(同様のヴェールはロスコやポロックにもあり、ロスコは宗教性の強調、ポロックは画家の「絵画にヴェールをかける」という言葉を、思い起こさせる)展示にも一工夫あり。

 信濃追分文化磁場油やには何軒もギャラリーが入っている。
 アートプロジェクト沙庭。生ョ制作所(オーライタロー、おおらいえみこの夫婦ユニット)による版画、絵画。良い意味でゆるい作品にほっこりする。生ョ制作所は、八千穂のギャラリー喜劇駅前理髪店でもこの半年間に展示があり、生ョ制作所の人気のほどを窺い知ることが出来た。
 Gallery一進での齋藤龍弘(絵画)、重厚なマチエールが見応えがあった。
 ルーサイトギャラリー。野田直子(陶)、耕平(絵画)姉弟。姉・野田直子のカラフルな陶器は心底楽しく、弟・野田耕平のミニマルな筆触の絵画はすがすがしい。
 松本良太(陶)の陶による石(?)のインスタレーション的な展示(+量り売り)は印象に残った。
 同じくルーサイトギャラリーでの望月佑子(絵画)、大きな色面の抽象画だが、いつものグレー主体の作品ではなく、今年はカラフル。会場にあわせてついグレーになっていたが、カラフルな方が本来の姿だという。

 浅間縄文ミュージアムでの末岡信彦・藤野貴則(共に色絵磁器)。大作中心の展示で見応えがあった。末岡、藤野に岸田怜、野村拓矢を加えた展示も野沢の山門ギャラリーで開催された。
 同ミュージアム、小林一夫(彫刻)。石と木または廃材を組み合わせた作品。発芽した植物のような生命的な何かが林立する空間は見事。表面の繊細な処理も心地よい。

 小諸市のサロン・ド・ヴェールでの今道子(写真)。海産物などをコラージュし撮影した魔術的とも形容すべき写真は、この世の裂け目からその背後にある豊穣なはらわたのような世界を引きずり出してみせる。

 東御市梅野記念絵画館でのジル・サックシックは素晴らしい。水彩、木炭、油彩、デトランプといった画材で描かれた静物、風景、人物。描くことと同様描かないことが、絵具を塗ることと同様塗らないことが、どれほど大事かを教えてくれる、美しい光の差し込む非常に豊かな絵画。静かな感動のある展覧会。

 同じく梅野記念絵画館をはじめとした各場所で開催された「天空の芸術祭」。展示場所の環境を生かして発想・制作された作品群。アートの多様性を味わうことの出来る大変見応えのある展示だった。

 東御市文化会館、米津福祐(絵画)。ライフワークである伝説の力士雷電為右衛門を描いた大作の展示。悠々とした像から先鋭化された抽象的形態まで、様々な絵画的実験を経た雷電像に圧倒された。

 佐久市立近代美術館、「美術館に行こう! ディック・ブルーナに学ぶモダン・アートの楽しみ方」。ミッフィーが美術館を訪ねる絵本に基づいて構成された展覧会。絵が大好きなミッフィーと一緒に美術館を楽しく回っている気分で絵を見ることが出来る好企画。
 同美術館、「いきものだらけ−ようこそ美術な動物園へ−」。収蔵作品展。良い作品を収蔵していると改めて思う。まだ見たことがなかったものも多く、一点一点味わって見た。

 佐久創造館での佐久翰墨会(水墨画)。鋭く、または豪放に走る墨の線。美しい滲みの調子。まさに水と墨の絵画。
 同館、「創佐久会」。美斉津経夫主宰の絵画教室の展示。具象から抽象まで幅広い題材、大作も多数出品され、見応えのある展示だった。

 元麻布ギャラリー佐久平、「アトリエぽっけ×アトリエFUN」。二つの障害者施設利用者の作品展。美術史や美術の常識を意識しない表現にハッとさせられる。

 小林冴子(絵画)のオープンアトリエ。100号2枚組を一日で仕上げるという。描き出して1時間ほどのところを見学。良い作品になりそうだった。

 八千穂のギャラリー喜劇駅前理髪店で個展を開催した神田芳明(油彩)、松本小百合(日本画)、それぞれに丁寧な仕事ぶりで好感。

 小海町高原美術館、「アート・ラリー:KOUMI」。企画の性格からかドキュメンタリー的な調査報告的手法によるパブリックな表現をとる作家が多いという印象。とは言え調査報告も写実描写の一種と言えなくもない。つまり小海をある種写実した作品が多く出品されていた。このようなスタイルはこの辺ではあまり見かけない。屋外展示も含め見所のある展覧会だった。
 同美術館、弦田英太郎(絵画)。油彩で日本美を追求する一つの方法として全光による平面性を強調して描いた舞妓。浮世絵に学んだマネがオランピアを描く際に採用した方法の逆輸入とも言えるか。

 展覧会+ライブ、という形でアートと音楽両方発表する人も。
 野沢の山門ギャラリーでの個展最終日にライブを開催したDaichi Kuruma。アウトサイダーアート的なドローイングやストリート系ドローイング、コラージュによる作品。音楽は自然音を主とするサンプリング音源を変形・変調して重ねたり引いたりするノイズ系アンビエントで、ライブ中会場は名曲喫茶ならぬアンビエント喫茶と化した(山門ギャラリーは山門茶寮というカフェ内にある)。意外とコーヒーに合う。

 佐久美術展、小諸美術会展、第一美術長野支部展などの美術団体展にも見応えのある作品が多数あった。

 総じて、絵画彫刻工芸という伝統的ジャンル、特に絵画の展示が多かった。伝統的ジャンルの地元在住作家の中には権威ある賞を受けたり世界的に活躍したりする作家も出てきており、またベテランも健在で、百花繚乱といった活況を呈している。
 一方、映像、インスタレーション、コンセプチャル系といった非伝統的ジャンルの作品展示は少なく、特に地元在住作家による展示は佐久地域ではほぼ無いと言ってよい。他地域の作家による非伝統的ジャンルの展示自体は無くはない。つまり、それを承けて非伝統的ジャンルに手を染める新たな地元作家は目立っては出てきていない、或いはギャラリー・美術館が発掘・紹介していない、ということであり、現時点では、非伝統的ジャンルは佐久地域の観客・作家双方にとって需要がないのだろう。
 この、伝統的ジャンルと非伝統的ジャンルの比率の偏りは日本全体でも同様と言われているので、必ずしも佐久地域に特有の問題ではないが、その偏りが少しでも解消されてくることで、より多様な表現に出会うことが出来るようになるだろう。伝統的ジャンルの受容は作風は問わずそれなりに進んでいると思えるので、今後は非伝統的ジャンルの作家・作品に親しみ理解し楽しむ機会をいっそう設ける必要があろう。その点で「天空の芸術祭」の開催は歓迎すべき動向と言えるだろう。現代アートの展示に積極的な小海町高原美術館にも拍手。また、サロン・ド・ヴェールで毎年開催されていた野外アート展示「ハクリビヨリ」、今年の開催はなかったようで残念。







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